2017年3月11日

 

 

 

 

春、

 

 

淡い光と嵐の中で

 

 

樹も花も人も芽生えてゆきます。

 

 

 

優しい思い

 

 

激しい感情

 

 

花びらの色

 

 

 

 

すべてを一緒くたにして

 

 

春はざわざわと

 

 

美しく

 

 

ときに強く

 

 

芽生えてゆきます。

 

 

 

 

詩を書く

2017年2月25日

 

 

 

極めて小さな自分を語り

 

 

思いを語り

 

 

形をつくり

 

 

勇気も自信もなく

 

 

批判の前に立つ

 

 

 

 

 

不出来な過去を持ったので

 

今はできる限り自分の人生おいて正直でありたいと思っています。

 

わたしにとって「詩」が、そのための表現手段のひとつとなりました。

 

 

 

ぎこちない文体でよたよたと書く詩のまねごとは、

 

ときに読み返すと自分でも不快になってしまいますが

 

自分で書いたのならばしょうがないと、才能のなさを自覚しながらも

 

皆様の前に披露する厚顔無恥をお許しいただきたいと思います。

 

 

 

詩を書くことについてどう伝えたらよいのかわからなくて

 

書いてはやめ、を繰り返していましたが、

 

ようやく少しだけ言葉にすることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐喜眞美術館

2017年1月17日

 

 

sakima

 

 

遅ればせながら

 

新年明けましておめでとうございます。

 

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

今回は沖縄県宜野湾市にあります

 

「佐喜眞美術館」をご紹介します。

 

 

 

普天間飛行場に隣接した佐喜眞美術館は

 

館長の佐喜真道夫氏が長い年月をかけて普天間飛行場の一部を返還させた土地に

 

戦争を知り平和を考える「もの想う場」として建てた美術館です。

 

 

 

帰省する度に訪れるこの「もの想う場」は

 

静寂と祈りに包まれ、騒ぐ心を静かになだめてくれます。

 

 

 

2016年の11月に帰省したときも、

 

久々に訪れた佐喜真美術館は、以前と変わらぬ優しさでそこに在り、

 

迎い入れてくれました。

 

 

 

心が引き裂かれそうになる戦争の惨さ、その戦争によって狂ってしまった人間の醜さ、

 

命の尊さ、儚さ、平和への切なる思いを描いた、丸木位里、俊ご夫妻、ケーテコルヴィッツ、

 

ジョルジョ・ルオー、そのほか沖縄県内の作家による作品群は、

 

わたしの思いを確かなものへと導いてくれます。

 

その思いは到底わたしに背負えるものではないのですが、

 

周りの雑音を気にすることなく、作家として未来を見る眼差しと

 

光を与えてくれます。

 

 

 

重いテーマの作品ですが、

 

こう、なんて言いますか・・・

 

むくむくっと静かに身体の内側から力湧いてくるような、

 

そんな気持ちにさせてくれます。

 

私見ですが、それが芸術の持つ真の力だと思っています。

 

芸術の役割を考え、素晴らしさを胸いっぱいに感じられる貴重な美術館です。

 

 

sakima-art

 

 

美術館の屋上の階段は、6月23日慰霊の日の日没に合わせ、

 

最上段の窓から光が差し込む構造になっています。

 

階段も6段と23段と、こだわった造りになっていて、

 

隅々まで平和への想いが感じられます。

 

皆様も機会がありましたら是非、この「もの想う美術館」を訪れてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年を思う

2016年12月31日

2016

 

 

毎年この時期になると一年を振り返ってみるのですが

 

新年の始めに意気揚々と立てた誓いも年末にはすっかり忘れてしまい、

 

日々を生きることに精一杯なっている自分に少々肩を落としてしまいます。

 

それでも人様からは気付かれないくらいの自分の些細な変化があると

 

うんうんとひとりガッツポーズして喜んでみたり。

 

じっと踏ん張りながら何とか私なりの「穏やか」を過ごせた一年であったような気がします。

 

 

年末のatelier galleryの常設展では、初めて自作の詩を展示しました。

 

わたしの画や詩は決して明るいものではないので、

 

お客様に不快な思いをさせるのではないかと展示のたびに躊躇してしまうのですが、

 

今回は「理解」と「誤解」を恐れないようにしようと思い、小林の後押しもあって

 

展示を決めました。

 

企画展ではなかったのですが、静かな常設展の中で新作を出すことが心地良く感じられたのは、

 

今のわたしにとって身の丈に合っているからでしょう。

 

華やかさには欠けるかもしれませんが、来年もひっそりと新作の画や詩を展示したいと

 

思います。

 

いつも応援してくださいます皆様、ありがとうございます。

 

今年も大変お世話になりました。

 

2017年もまた皆様とお会いできますことを楽しみにしております。

 

どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い友人

2016年11月10日

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野中さんとも長い付き合いになりました。18年くらいになるでしょうか。

 

友人として、私はまだ彼の良き理解者だと言い切るわけにはゆきませんが、

 

それでも今回、本職である洋服のデザイナーという仕事以外に、

 

用途を持たないコラージュ作品をつくった彼の真意を、

 

勝手な解釈ですが、自身の歩みと重ね合わせて理解できるのです。

 

 

私が彼のつくるものに惹かれたのは、

 

彼の作品を観ていると、とても自由な気持ちになれたからです。

 

胸高鳴る要素の数々が彼の作品の中には存在していて、

 

それを観るたびに自分の中にあるルーツのようなものを確認できました。

 

つくることで自分を確認し、存在する意味を確かめたくなる。

 

彼が作品をつくる真意を私はそのように捉えています。

 

気難しいわたしが、このような友人を持てることの幸せを、

 

今改めて味わい返しています。

 

「野中厚志展」皆様にも是非ご覧いただきたい展です。

 

日時などの詳細につきましてはspecial sourceのサイト内、atelier galleryをご覧ください。

 

http://specialsource.jp/ateliergallery/

 

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

「記録集」発売します

2016年10月6日

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2007年から作家活動を始めたmorison kobayashi。

 

この度、彼の作家としての10年の軌跡をまとめた作品集を、

 

一冊の本を売るという斬新なコンセプトの書店であり、ギャラリーでもある

 

森岡書店さんにて発売いたします。

 

 

 

学者肌の彼は、モチーフと素材に対しての深い探究心と冷静な目を持っており、

 

そのことが彼の作品を、単に植物をつくるという「模写」にとどまらせることなく、

 

作家の生き方、哲学を反映した叙情詩のような豊かさと繊細さを、

 

作品に与えているのではないでしょうか。

 

それは彼の作家としての大きな特徴であり、魅力でもあるのだと思います。

 

大地に根を張るように、静かにゆっくりと時間を重ねてきた作家の記録は、

 

多くの人の素敵な一冊になると思います。

 

 

morison kobayashi  -記録集-

場所:森岡書店 銀座店

2016年10月18日(火)〜23日(日)

13:00〜20:00

東京都中央区銀座1丁目1−28−15

鈴木ビル1階

 

DM、装幀デザイン:富山 庄太郎

 

 

 

Lucchiよりご挨拶

2016年9月20日

lucchi

 

 

ご報告が遅れましたが、

 

2015年をもちまして、Lucchiとしての活動を終了いたしました。

 

本当に長い間多くの方々にご愛顧いただき、支えられてきました。

 

厚く御礼申し上げます。

 

片隅ではありますが、大好きなファッションの世界で生きてこれたことは、

 

私の人生において大切な経験となりました。

 

これからは画家を志して邁進致します。

 

special sourceの一員としてgalleryの運営にも関わっていきますので、

 

皆様、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

Lucchiを支えてくださいました多くの皆さま、どうもありがとうございました。

 

 

小さくて大きな抵抗

2016年8月29日

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7月、銀座の森岡書店で開かれたヨーガンレールの展示は、

 

彼の自然に対する真摯な想いにあふれたものでした。

 

かつての美しかった砂浜を愛していた彼は、波によって打ち上げられた大量のゴミに嘆き、

 

それを拾うことが日課となり、そのゴミを材料にして

 

色とりどりのオブジェやバッグ、キーホルダーを制作しました。

 

それらの作品はただ美しいだけではなく、

 

ヨーガンレールなりの文明への警告でした。

 

天井から吊り下げられたカラフルなオブジェを眺めながら、

 

このオブジェをどれだけ作ればゴミ問題に明るい兆しは見えてくるのだろう、

 

そんな思いが脳裏をかすめ、諦めにも似た無力感を感じました。

 

もしかしたら大量のゴミを目の前に、彼にもそんな思いが過ることがあったのかもしれません。

 

しかし彼は「ものを作ることを仕事にしているわたしの小さな抵抗」と、

 

本の中に記してあったように、愛犬と砂浜を散歩しながらゴミを拾い続け、

 

オブジェを制作することを最後の仕事としたのです。

 

自分のできることで環境問題を考え、関わってきたヨーガンレール。

 

自然を愛し、生活を大切にした彼の生き方が、

 

静かに優しく身体に染み入るようでした。

反戦画の存在

2016年8月15日

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地上戦があった沖縄で育ったからか、「反戦画」を目にする機会が多くありました。

 

帰省した際に行く美術館には、県内出身の画家による反戦画が展示されており、

 

私はその暗く悲惨な歴史をまじまじと鑑賞する勇気などなく、

 

いつも心のどこかに罪悪感のようなものを感じながら、

 

足早にその作品の前を通り過ぎていました。

 

 

自分が「画家」を志すようになってから迎えた終戦の日。

 

今、絵を通して思うことは絵画、芸術の役割について。

 

そのひとつに「社会を反映する」という役割が芸術にはあるのだと、

 

反戦画の存在を通して思いました。

 

「戦争」という重たい歴史を題材に、描く、描かないは別として、

 

「戦争」を知ることは避けては通れないことで、

 

同時に近代の画家たちの歴史を知ることでもあります。

 

私自身は、プライベートな絵ばかり描いていますが、人が目を背けたくなるような

 

戦争の恐ろしさを描き、伝え続けようとしている多くの画家の決意と行動を

 

尊敬しています。

 

そして絵筆をもって自由に描ける平和な世の中であってほしいと痛切に願います。

平敷兼七さんの写真

2016年8月7日

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2008年に「山羊の肺」という作品集で第33回伊那信男賞を受賞された沖縄の写真家、

 

平敷兼七さん。

 

戦争に翻弄され続けた沖縄の人々の生きる姿を、平敷さんの愛情を持った視点で、

 

力強く切り取っています。

 

被写体の体温や声までも写し撮った平敷さんの写真を前にして、

 

自分がとてもまっとうな場所に戻ってきたような感覚になりました。

 

土臭いほどの「生」を正面から直視した作品は、観る者の感情に波風を立て、

 

思考させ、さらに昇華させてゆくだけの大きな力があると思います。

 

平敷さんの作品を通して、未だ答えの見つかっていない自分の背景にある

 

沖縄の存在への問いを揺さぶられ、

 

同時に平敷さんの作品の持つ力、生きた意味を見る思いがしました。

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